[PR]記事内のアフィリエイトリンクから収入を得る場合があります

中山道69次8番 熊谷宿 埼玉県内唯一の戦災都市のためか形跡ほぼなし

宿場

このページで紹介する宿場は中山道69次の8番熊谷宿。

江戸方(東京)から京方(京都)へ向かって残っている史跡を紹介しています。

ガイドブックのようにどなたでもご活用いただけるよう中山道専門サイトとなっています。

中山道69次の8番熊谷宿情報

地名の由来

平直貞(熊谷直実の父)という人が平安時代にこの地にいて熊を退治したことがありここらへんが谷地形によるためという説。

高城明神の鎮座により神谷「くまけや」がなまってくまがやになったいう説。

この地域で荒川が曲がりくねっていて曲谷「くまがや」と呼ばれその後に熊谷という字を当てたという説。

など諸説あります。

参考「熊谷市」 の由来と語源 – 由来メモ「熊谷」の地名の由来

基本情報

  • 本陣:2
  • 脇本陣:1
  • 旅籠屋:19
  • 家数:1075
  • 深谷宿11.5km←|→16.5km鴻巣宿
  • 最寄り駅:高崎線熊谷駅1.0km

引用元:Amazon.co.jp: 中山道69次を歩く 究極の歩き方120(改訂版) : 岸本 豊(中山道69次資料館長): 本

本陣位置

このあたりに碑が残っている。

高札場位置

無料駐車場位置

地元なので自転車で回るから個人的には駐車場はなくても困らないが高木神社に駐車場があるのと市役所は無料駐車可能なのとイオン熊谷店(時間有料)ぐらいがそこそこ広い駐車場といえる。

そのほかにもちょっと路肩に数分停めるのはありかもしれないが史跡のほとんどが市街地なのであまり長時間停められそうなところはない。

熊谷宿の宿泊施設

各史跡について

取材日

  • 2022年9月25日 久しぶりのサイクリングがてら適当に廻った。あまり下調べをしないでふらっと回っただけなので何枚も写真を撮っていないが帰ってきてから改めて調べるとかなりの史跡があることがわかりこれは次回ちゃんと回らないといかんと思った。
  • 2023年2月5日 サイクリングという運動がてら軽く見回った。
  • 2023年8月11日 カメラを買ったばかりで良い写真に差し替えたくてクソ暑いお盆休みのなか廻った
  • 2024年1月27日 東方一里塚の位置がやっとわかったので撮影。高城神社の紺屋の青銅常夜灯もこの日に撮影。

写真とコメント

画像をタップすると拡大表示されます。

久下一里塚跡

▼稲荷の祠なだけかと最初は思っていたがここが一里塚跡だった。

余談だがここに立って撮影するには5階建てぐらいの河原沿いの集合住宅のすぐ横の小道を歩いて行かなければならず、普段は人は100%通らないようなところなので不審者と思われないように注意が必要だ。こそこそ歩くより堂々と歩いたほうが不審に見られないと思う。

熊谷宿久下一里塚跡

久下堤碑(輪型の碑)

熊谷宿久下堤碑(輪型の碑)

久下上宿道標

ネット上では詳しい記事が見つからなかったがおそらく鴻巣宿から熊谷宿へ行く間は16.5kmと距離が少々長いので間の宿だったと思われる。

それはいいのだが、人の家の門の前にこういう道標を据えるのって当家としてはどう思っているんだろうか。迷惑なのか名誉なのか?昔からここに住んでる人なら名誉かな。無関係なところから引っ越してここに住んでいるなら迷惑と捉えるかも。

熊谷宿久下上宿道標

熊谷宿久下上宿道標

久下権八地蔵

何箇所かある権八地蔵のうちの一箇所で平井権八が追い剥ぎで人を殺めたあと地蔵に口止めを頼んだものかはわからない。とにかくここらへんに2~4箇所ぐらいあるうちのひとつ。

熊谷宿久下権八地蔵

みかりや跡

忍藩の殿様が鷹狩のあとで寄った茶屋があったところ。鷹狩にちなんで御狩(みかり)屋を名乗ったとのこと。英泉画の熊谷宿にも描かれている。

熊谷宿みかりや跡

熊久橋と左富士

熊谷直実と久下直光の所領争いの地。熊久橋という見過ごしそうな小さい橋が中山道を東北から西南に向かって元荒川に架かっているので江戸方面へ行く人から見るとこの橋を渡るときだけ富士山が数度左に見えるとのこと。

もちろん現代においては建物があり富士山は見えない。

熊谷宿熊久橋と左富士

八丁一里塚祠

熊谷宿八丁の一里塚跡

熊谷宿八丁の一里塚跡

旧熊谷堤と碑

旧熊谷堤と碑旧熊谷堤と碑旧熊谷堤と碑旧熊谷堤と碑旧熊谷堤と碑旧熊谷堤と碑旧熊谷堤と碑

紺屋の青銅常夜灯のある高城神社

熊谷には昔、紺屋が多くいたそうでその人達が寄進した青銅の常夜灯がある。清水の湧く熊谷では熊谷染めが盛んであった。

紺屋の青銅常夜灯 紺屋の青銅常夜灯熊谷宿高城神社

熊谷駅北口の熊谷直実像

平家物語「返させたまへと、扇をあげて招きければ、招かれてとって返す」という行で平敦盛を呼び戻して戦って討ち取った熊谷市の名士「熊谷直実」の像がある。

子供の頃から見慣れているので改めて意識しなかったがそういうシーンを描写した像だとは知らなかった。

ちなみに熊谷直実は源平の戦に疲れ果て世を儚んで出家し八木橋デパートの北に熊谷寺を開いた。デパート近いからけっこう似非(えせ)セレブが来てお布施集まるんじゃね?って思ったかどうか知らない。

札の辻跡

札の辻跡は熊谷宿の高札場跡地で高札14枚は本陣竹井家に現存するらしい。見てみたいものだ。

▼構図の奥に日本料理店「木曽路」の看板があるところがちょっと洒落が効いてる。

熊谷宿札の辻跡

竹井本陣跡碑

熊谷宿武井本陣跡

▼ここの通りのバス停の屋根がちょっと昔風というか古風さを演出していて良い。

熊谷宿札の辻跡

忍藩陣屋跡

熊谷宿は忍藩に属していたため忍藩から交代で役人がこの地にあった出張所に常駐していたということらしい。市役所の出張所みたいなもんだったんだろう。

熊谷宿忍藩陣屋跡

熊谷寺

上記熊谷直実が開いた寺。直実は蓮生と名乗り熊谷市民ならみんな知ってる盆踊りの定番「直実節」でも♪れん~んしょうおうぼう~」と歌われている。

熊谷宿熊谷寺

因みに境内は一般人立入禁止。

八木橋デパート前旧中山道碑

熊谷市民でも知らない人は多いかもしれないが八木橋百貨店を建て直しするとき旧中山道を中に通路として残すことを条件に道を潰して建てることを許可されたとかなんとか。

熊谷宿八木橋デパート前旧中山道碑

愛宕神社

うちわ祭りはこの愛宕神社に勧請して祀られている京都八坂神社のお祭りだ。

京都八坂神社を勧請して祀っている愛宕神社

亀の道公園

深谷へ続く旧中山道兼国道17号を西北へ進むと東武熊谷線跡地には緑豊かな細長い亀の道公園ができている。

亀の道公園

新島一里塚

まさか普段しょっちゅう通っていた道にこんな完全に近い形で一里塚が残っていたなんてびっくりである。熊谷市もやりおる。ずっと残してほしい。

熊谷市よ、宅地にしないで保存してくれていてありがとう!

熊谷宿新島一里塚

でも落雷でほとんど失われた欅が痛々しすぎる。っていうか切り株しか残ってなかったが少し育った感じが見られる。

忍領石標

江戸時代に熊谷市の一部は忍藩の領地だった。忍藩の方針で宿場には飯盛女を置かせなかったらしい。したがって宿としてはあまり栄えず旅籠数も少なかったそうな。(深谷80軒熊谷19軒)

それか影響してか今にいたるまでイマイチ熊谷市はとなりの深谷市の栄華にくらべてぱっとしない感が拭えない。

風俗の許可は国家百年の計と言っても過言ではない好例になってしまっているほど人口が増えず盛り上がらないのが我が熊谷市。

中山道69次8番熊谷宿

熊谷宿忍領石標

東方一里塚跡

現在の塚は復元されたもので当時のものとは違う。道を挟んだ北側には三体の馬頭観音像があった。

熊谷宿東方一里塚

個人的に未踏破な史跡

  • 星溪園
    本陣竹井澹如の別邸として作られた。湧き水は星川の源流でもある。
  • 籠原立場(しがらき茶屋本陣跡碑)
    佐渡奉行川路聖謨(かわじとしあきら)が在勤日記「島根のすさみ」で言及している。

熊谷といえば7月後半にうちわまつりがある。これは宿場の両側の町々が中心になって愛宕八坂神社のお祭りをするものだ。

でかけて写真を撮った記事があるので興味があれば見にいってみるのはいいかもしれない。

マイマップ

地図のダウンロード方法はパソコンで地図部分右上の[ ]みたいなのをクリック→地図を別画面で表示→左サイドバー上にある点(・)3つをクリック→地図をコピーまたはKMLをダウンロードでできます。

地図をコピーを選ぶと自分のGoogle Driveに地図がコピーできると思います。KMLでダウンロードをしたあとはそれをCSVに変換する方法は検索して調べてください。


参考にした資料

上記の他にもみどころいろいろ書かれている。

参考にした書籍
4784071741
中山道69次を歩く 究極の歩き方120(改訂版)

¥1,483 (中古品)(2024/01/05 13:59時点の価格)
平均評価点:5つ星のうち4.1
>>楽天市場で探す
>>Yahoo!ショッピングで探す

4784072837
中山道浪漫の旅 東編

¥4,390 (コレクター商品)(2024/01/05 14:00時点の価格)
平均評価点:5つ星のうち4.6
>>楽天市場で探す
>>Yahoo!ショッピングで探す
4784072942
中山道浪漫の旅 西編

¥1,760 (中古品)(2024/01/05 14:01時点の価格)
平均評価点:5つ星のうち4.4

>>楽天市場で探す
>>Yahoo!ショッピングで探す

上記の著者 岸本豊氏の運営する中山道69次資料館についての記事も別ブログで書いているのでご興味があればどうぞ。

深谷宿11.5km←|→16.5km鴻巣宿

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました